2018/03/13
最終更新日:2018/12/29

うつ病を治療することと、心を癒すことは別物である

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今回は、うつ病について思うことがあり「うつ病の原因を探すのは間違いか?」ということをテーマとして考察していきます。

うつ病に悩む方への一つの参考として読んでいただけたらと思う。

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うつ病の原因とは

うつ病の原因とは、”「その時代の論理観への過剰な反応」”だと考える説がある。(WEDGE  Infinity記事を参照)

これには、なるほどと思わされた。

何かに対して「過剰に反応する」、それは社会の価値観、両親や家族などコミュニティの価値観、それに反発する感情が無理に抑え込まれた結果と言えるかもしれない。

しかし、”その根本にあるのは「生存への不安」だ”という。

たとえば、会社から必要と思われる人間でありたいと思い、過剰に一生懸命働き続け、心身を削り、うつ病になってしまう。

また、若者のうつ病患者の中には親がお金を出してくれるので生活できますと言う人が稀にいる。

彼らの不安は”「生存への不安」ではなく、「自己の価値への不安」”と言えるかもしれない。

ある若者はプライベートでは自分らしく振舞え自信に溢れているのに、職場ではなぜか自信を無くし、自分の存在に不安を持ち、うつ病になってしまう。

”こうした若者に足りないのは、社会の中で好きなことで仕事が出来ている人はごく僅かで、みんな夢を見ながら目の前の仕事をこなしているというのが普通だという認識だ。”

会社は個性を尊重してくれない、上司が怒る、批判される、それは当たり前だと割り切らなければいけない。
会社とは個性を否定する組織なのだから。

そして、それを理解できないまま大人になった30代、40代のうつ病患者も実は多いのではないかと思う。

なにより私自身がそれを本当の意味で理解しないまま、大人になった人間だった。

そのことを長い社会生活の中で掘り下げていった結果、社会で生きることに対する考え方にはバランスが必要だと学んだ。

生存への不安を和らげるには、「自分に価値がある」ということを認識することです。

そしてまた、自己の価値を社会に求める前に、「自分は大勢の中の一人でしかない」ということを理解することです。

”自分は価値ある人間だけれど、社会の中では普通の一人の人間でしかない、という一見矛盾とも言える真理で、この世界は成り立っているのです。”

その中で自分を見失わない強さをどう手に入れるか、これはうつ病など心を痛めた人に共通の課題だと言える。

参照記事⇒WEDGE  Infinity「うつ復職者への甘やかしは不要 従来型も現代型も根にある要因は同じ」 ~精神科産業医 吉野聡医師に聞く~

精神科医は心のセラピストではない 医学的治療と心を癒すことの違い

あるとき、主治医に言われたことがある。
「うまくいかなくなったのは、薬を止めたことが原因とは考えないの?」

薬のせいだと考えたことは、私にはなかったので、困惑してしまった。

何かが悪くなるということは、私の何かの部分が原因だと考えていたし、その答えをずっと探していたのだ。

「過去とか、自分が悪い、両親が悪い、誰かに責任を押し付けたり、自分を否定しても、何か変わるのかなぁ?」

それでは一体何にどう向き合えばいいのだろうか、と思ったことを覚えている。

原因がわからなければ対処できない、と言った私に、主治医は言った。

「原因なんてわかるかなぁ。毎年毎回3か月、うつ病になる人がいる。でも、原因を考えても仕方がない。それを見つけるのに一生を費やして、現実に対処せず、社会生活に苦しみ続けるよりも、今目の前の現実を少しでもよくするために、ただトライできる治療をすべきだよ。」

正論だと思った。

苦しむ時間を取るのではなく、人生にプラスな時間を増やすべきだ。

しかし、私は認めきれないでいた。

苦しみや悲しみや、本当の原因に目を向けずに生きていく? それは正しいかもしれないが、何か大事なことを置いていくような気がした。

私が感じたことは、精神科医は心のカウンセラーではない。

精神科医は治療をする。社会的に復帰し、継続できるために投薬治療をするのが医者だ。心のセラピーを行う専門家ではない。

心と向き合いたい人はセラピーやカウンセラーを探すべきなのかもしれない。

ある帰り道に、うつ病について考えていたら浮かんだ言葉は、エドガーケイシーの言葉だった。
「人は何から清められるのか、何に導かれるのか。」

自己の精神の探求と、社会で生きることやうつ病の治療は、別物だと感じた瞬間だった。

うつ病にならない柔軟性を身に着けることと、心を癒すことは別に考えよう

うつ病の原因は社会的ストレスだと言われるが本当にそうだろうか?

人は誰しもがストレスを感じたことがあるはずで、大事な人を亡くした人や、体に障害を持つ人、離婚した人などのストレスは相当なものだろう。

そういった苦しみを味わった人の中でうつ病にならない人は大勢いる。
その違いはなんなのか?

これは薬で行う治療では見つけ出せない答えだ。

おそらく、それは生まれ持った遺伝的資質や気質、感情の方向性など、答えは一つでないのだろう。しかし、それは自身と向き合うことを教えてくれているのであり、それは一生ものの問いなのだろうと、今は思う。

必要な薬を得ることは私は賛成する。

風邪をひいたら風邪薬を飲み、頭痛がした痛み止めを飲むように、コントロールできない心の症状には抗うつ薬を、眠れない辛さを抱えるなら睡眠薬を飲むべきだ。

この社会は、今やコミュニティが大部分失われ、共同体としての安心感を抱ける場所を持てる人は少なくなっている。

現実に対応し、この世界で生き抜くために、薬を杖にしたらいい。
頑固になるより、使えるものは使おう。

しかし、同時に心のための協力を得るべきだとも思う。
家族に本当に心を開け、心からの言葉で話せるのなら家族でいい。
なんでも話せる友人がいるのなら、友人に話を聞いてもらうべきだ。

しかし、誰もいないのなら、身近な人に迷惑をかけたくないというのなら、心の専門家を一人探すべきかもしれない。
心を癒すために、自分でやれることは実は少ない。

療養をしていたって、うつ病は治らないと私は思ってしまう。

埋められるべきは社会への不安なのだから、社会と関わり合う中で自信を取り戻すことが、うつ病を完治させたということだろう。

私は、少しずつでも社会と関わっていくことをおすすめしたい。パニック障害だった私自信も辿った道だが、まず外出から始めた。

買い物や映画鑑賞、何かの集まりに参加する、ボランティアはなおよい。しかし、そうはうまく行かず、何度も行けなくなり苦しむ。しかし、少しずつ歩く中で見えるものを、探すべきだと思う。

どんなに辛いことがあっても、それには必ず何か意味があると、信じなければいけない。

そして、薬を杖にすること、話を聞いてくれるメンターを探すこと、それは別物でありどちらも必要なものだ。

うつ病や精神的な治療のために今の日本では精神科は増え続けている。内科に心療内科が付属しているところも多く、ただの内科でも抗不安薬や睡眠薬がもらえる。

しかし、心の相談を気軽にできる環境はまだほとんどないと言える。アメリカのように、各種セラピーに参加することや、カウンセラーが活躍し、カウンセリングを受けるということが当たり前の風潮がこれからの日本に出来上がることを願ってやまない。

⇒【関連記事】うつ・パニックの完治は長い道のりになる

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