2018/03/27
最終更新日:2018/04/20

働きたいのに働けない人は多い~他にもやれることはある~

働きたいのに働けない
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「働きたいのに働けない」というワードで検索すると、とてつもない数のサイトが見つかった
そう、今そういう状況で悩む人は途方もない数にのぼるのだ。

私も感じたことがある、漠然とどころじゃない、確実な未来への不安を抱える人々について、今回は書いてみたい。

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働けない事情は様々、その気持ちは本人にしか知りようがない

正直に言うと、批判的な記事を見かけるたびにこう思う。
「その人の心の状態は、もうその人にしかわからないんだよ。」って。
批判する人は傲慢だ。

私は20代前半で、総務部の社会保険関係の処理担当だったこともあり、その頃にはまだ珍しかった「うつ病」や「自律神経失調症」で休職している社員さんの給付申請などを行っていた。

でも、その頃わたしには同情も共感も何一つなかった。
どうやっても、想像ができなかったからだ。

しかし、30代になり同じような境遇の精神障害を体験した一人の人間として振り返ってみると、急性期(症状がひどいとき)というのは、もう本人にもどうしようもない、コントロール不可なのだ。

言動さえも、何かの影響を受けて変わる。変化し続ける。
そして、そのときの状態は、正直に言ってもう本来のその人の精神状態とは違っている。

病気や不安に精神が支配されて、脳の一部が反応の仕方を変化させたのだと思う。
純粋なその人の部分ももちろんあるけれど、 新しい何かが取りついた感じだ。

そういう時期は、ただただ治療するしかない。
周りは見守るのみだ。

いつか会ったら「元気になったんだ。良かったね!」と笑ってあげることか、周りができる最善の対応だ。

社会保障の狭間からこぼれる人たちを、みんなは知らない

「働けない」と悩む人にはいくつかのパターンに分けられる。

まずは、前項で書いたような「精神的な疾患」で休業しているか、一応治ったと判断され復帰したもののうまく行かない人たちだ。

障害認定されている人は障害年金なり保証があるが、障害者手帳の対象にならない軽度の精神障害者で働けない人は多くいるというのに、 そういう狭間の人に保証は一切ない。

傷病手当金などは、会社に勤めているか、退職して1年半までしか支給されない。それ以降は手当は一切ない。

失業保険ももらえる期間は短い。
ほとんどの「働けない」人は家族が金銭面の援助をしているだろう。

そして、次は生活保護を受けている人たち。
この人たちは、難しいバランスの上に立たされていると言っていい。

「生活保護を受けること」に誰しもが、微妙な罪悪感と自己否定感を持つからだ。
「自分は社会で働けていないこと」は、通常の教育を受けてきた人であれば、精神的に苦痛な心理状況になるのだ。

けれど、働こうと思っても、高賃金の仕事につける人は少ない。
そもそも、満足な給料をもらえるような仕事につける人は、生活保護に頼るような事態には、あまりならない。

生活保護は最低限の金額がもらえる。しかし、生活保護から抜け出しても、生活水準は、生活保護の頃と変わらないか、少しだけ多いくらいといった声が多い。

また、生活保護を申請した際に、財産である車を失った50代の男性は、田舎で車がないため仕事の採用が決まらないと言った事例もあるそうだ。そういう場合、働くと余計な費用がかかるため、生活保護から抜け出せない悪循環に陥る。

これは知らない人が多いのだが、生活保護から抜け出す人は年々増加しているという。
そう、みんな「働きたい」と思っているのだ。

それは本当はこういう声だ。
「社会の中での自分の価値を感じたい。」

今、働いていない人たちが、未来に光を見出すには

私が提案したいのは、仕事以外の何かを始めてみることだ。

将来を悲観するのは仕方ないと思う。
悲観や悲しみが、毎日毎時間涙してしまうくらいにひどいようなら、医者と薬をうまく利用しよう。

そして、悲観さから抜け出せるなら、仕事ではなくとも、なにかやりたいこと、好きなこと、外に目を向けてみて、ゆっくり考えてほしい。

元気だったら、何がしたかったか。
「あの人みたいになりたい」という人はいなかったか。
あこがれる生活スタイルや、仕事生活はどんなものだったか。

私は、本当に「もうダメだ」と絶望したとき、2週間泣いてすごした。
でも、この涙は自分に諦めをつけるためや、悲しみをちゃんと感じることや、過去を癒すためなのかと途中から思えてきた。

しかし、外へ出て人と会っても、誰と電話しても、すぐにシクシク泣き出すので、結果的に薬を飲むことにして、結果的に絶望と悲しみは3週間未満で治まった。

そして、ぼーっと日々を過ごす中で確信した。
「働けないな。もう当分無理だな。じゃあ、何しよう。」
「毎日何もしないなんて耐えられない。」
「生きているなら、せめて働けなくても、意味のあることをしなければ。」

そして、勉強することにした。大学に行こうと思った。
4年も勉強するなんて、まるで信じれなかった。続ける自信はあいまいだったが、とりあえず、目の前のやることができたことで、精神は少し安定した。

それと、ブログを開設し始めた。
なんにもならなくても、自分の思いを残せるし、誰か同じような人に、今までの経験を話せると思った。

その2つを開始したら、相変わらず寝る時間はあまりにも多くあったし、睡眠障害で生活はめちゃくちゃなスタイルだったが、1日に6~7時間は勉強と作業をするようになった。

そうしたら、不安をそこまで感じる暇もなく毎日が過ぎていった。

同じように睡眠障害の治療に専門家のところに通おうと思えた。
20年吸ってきたタバコを辞めた。
過去のトラウマを向き合うためにカウンセラーか心理療法家を探し始めた。

つまり、「働けない」という事態は何も解決していなかったけれど、 私は「毎日、何かはやっている状態」で「今後の予定や展望についても考える」ことができていた。

それ以上は望まなかった。
とりあえず、それで、その時はベストだった。
あとはきっと、私の人生が結果を出すだろうと思った。

きっとこのまま働けなくて、親の世話になり、親が死んだら、親の残した家で一人年を取って死んでいくのかも、とさえ思った。
それでもいいとさえ、覚悟もした。

覚悟したから、多分、最後にあがいてみようと思えたんだと思う。

私からのまとめ

長くなってしまったが、私が経験から言えることは、こうだ。

人はある意味で絶望したときに、社会的なことや習慣や、それまでの価値観がもはや重要ではなくなる。そして、いつか人は死ぬことにも思いをはせる。

そこで気づくことがある。
死ぬときに、悲しく、惨めに、情けなく、死ぬのなら、最後に何ができるか、あがけることはないか、考えるようになるのかもしれない。

ある本での言葉を想う。
「信仰を持たないものでも、人は本当に絶望したときは、神に祈るようになる」

もうダメだ、って本当に思えたのなら、最後のあがきを一緒にしない?と言いたい。
なんか最後にやっときたい、ってことを、思いつく限り書き散らして、どれが実行可能か考えてみよう。

くだらないことでいい。
だって、生活というのは、単純なことの繰り返しなのだから。

一つだけ確実なことはある。あなたはまだ生きている。
何かはまだやれるはずだ。

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